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(マラソン競技中の腎機能からみた競技中の注意)
星城大学 大川裕行

現在、障害者スポーツは質的にも量的にも発展し、競技内容は過酷になっています.そのため障害のある選手の医学的健康管理の必要性が増しています。 特に,障害者スポーツの中心選手である脊髄損傷対麻痺者(脊損)の腎機能は生命的予後を左右する重要な課題でもあります.しかし,これまで激しい運動時の腎機能動態に関する報告はありませんでした。そこで、最も過酷な障害者スポーツである車いすマラソンの時の腎機能について調査しました。

第17回大分国際車いすマラソンのフルマラソン部門に出場した外傷性脊損12名に協力をお願いしました。完走して採尿と採血が完全に行えた被験者は7名で、平均年齢36±9歳、脊髄の障害はTh5からL1でした。 すべての被験者は、コントロールとしてレース前日の起床後の任意の時間に完全排尿をして、その時間を記録してもらいました。これを尿切りとして、以後は運動を避け、その間は自由に水を飲んでもらいました。その後、レースに相当する時刻に再び完全に排尿を行い、尿切りの時から膀胱内と尿器にためていたすべての尿を採取して同時に採血も行いました。 レース当日は、スタート直前に尿切りをして,その後レース終了直後までの尿をすべて回収して採血も行いました。以上の手順により尿流量を計算しました。レース中は自由に水を飲んでもらいました。 調査項目は,血液は血算、浸透圧、電解質、およびクレアチニン濃度、尿は浸透圧、電解質、クレアチニン濃度としました。

調査の結果,赤血球、ヘモグロビン、へマトクリットに有意な変化は認めませんでした。これは、レース中に明らかな脱水が起こらなかった事を意味します。

図1には血漿浸透庄、カリウムとナトリウムの結果を示しています。血漿浸透圧とカリウム濃度はレースにより、有意な上昇を示しました。




図2には尿流量、尿中ナトリウム排泄量、尿中カリウム排泄量の結果を示しています。車いすマラソン時には尿流量、尿中ナトリウム排泄量、尿中カリウム排泄量は低下傾向を示しましたが、有意な変化ではありませんでした。この結果で最も強調されるべき点は、車いすマラソン選手はレース中も尿量が保たれているということです。



図3に示しているクレアチニン?クリアランスは、腎の糸球体機能を表す最も基本的で重要な指標です。コントロール時は平均で100ml/min程度で全く問題の無い値を示していましたが、レース中は80ml/minと有意な低下を示していました。

レース後の赤血球、ヘモグロビン、へマトクリット値のいずれにも変化を認めませんでしたので、今回の調査結果の検討には脱水の要素は考慮する必要は無いと判断しました。 電解質の結果は、生体においてレース中に細胞内外で電解質の移動が生じたことをうかがわせています。カリウムは細胞内に多い電解質で、レース後にその値が上昇していることから、レース中にカリウムが細胞内から細胞外へ移動していることをうかがわせます。血漿浸透圧はカリウムやナトリウム、その他の浸透圧活性物質のすべてを合算した結果です.今回の上昇は,主にカリウム等の細胞内に存在していた浸透圧活性物質が細胞外へ移動した結果と推察されます。 尿量の結果は我々にとって意外でした。車いすマラソンレースという激しい運動を前提に考えると、腎血流は低下し、尿量も低下し、クレアチニン?クリアランスはかなりな低値を示すと予想していたためです。車いすマラソンではレース中にいつでも水分の摂取が可能ということで脱水が十分に防止され、尿量の保持が達成されたのだろうと考えています。 腎臓は100万個もの糸球体からなり、血液は腎血管から分岐した輸入細動脈を通じてボーマン嚢に入り、血漿部分が濾過されて源尿となります。クレアチニン?クリアランスはこの濾過される血漿量を表します。従って、クレアチニン?クリアランスは腎臓の最も基本的な働きを表す指標といわれています。今回の測定でクレアチニン?クリアランスはレース後に20%程度低下していました。しかし、このクレアチニン?クリアランスの低下は、今回の被験者がマラソン経験者で、しかもコントロール時の結果が決して悪化しているわけでは無い事からも、健康上の大きな問題とはならないといえます。

さらに,このクレアチニン?クリアランスの低下を精査する目的で追加の実験を行いました. 対象は各種車いすスポーツを習慣としている外傷性脊損7名でした。あらかじめ、アームエルゴメーターを使用してランプ負荷法により各被験者の最大酸素摂取量を測定しました。実験当日、被験者は絶飲食の状態で実験室に朝10時に集合し、完全排尿を行いその尿を破棄した後、最大酸素摂取量の60%の運動負荷量で、2時間のアームエルゴメーター運動を行ってもらいました。運動中は自由に水を飲んでもらいました.また,運動中は15分ごとに酸素摂取量を観察して運動負荷量が変化しないように注意しました。 運動開始1時間目に採血を行い、運動終了後に完全排尿を再び行ってもらい,その尿を全量回収分析しました。また別の日に同じ被験者,同じプロトコールで運動を行わずに2時間の安静座位を保つコントロール実験を行いました。

その結果,2時間運動時のヘモグロビン、血漿浸透圧、ナトリウムはコントロールの時と同じ値を示しました。腎機能に関しては、運動時尿流量、クレアチニン?クリアランス、浸透圧活性物質クリアランス、自由水クリアランスはいずれもコントロールの時と変化はありませんでした。

一連の実験から、車いすマラソン,および最大酸素摂取量の60%の運動を2時間にわたって行っても、脊損者の腎機能には影響を与えないことが明らかになりました。特に、尿量が保たれ、ヘモグロビンや血漿浸透圧が一定に維持された結果は、選手が自由に水分摂取を行えたためだと考えられます。本研究により、脊損者が長時間運動を行った際に、運動そのものが腎機能に悪影響をおよぼす可能性は否定されました。 以上のことは,運動中には必要に応じて十分な水分を飲むことが重要であることを示しています.

参考文献
1.田島文博,緒方甫,梅津祐一,他:脊髄損傷者における車いすマラソン時の体液調節的側面.車いすスポーツの研究,第8巻,69-71pp,1999.
2.田島文博,岡崎哲也,上田まり,他:2時間運動における脊髄損傷者の腎機能評価.車いすスポーツの研究,第9号,33p,2000.


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